AI生成物の表記ルールは、読者への説明、機械が識別する仕組み、制作過程の記録を分けて設計します。 「AI生成」と書くことは説明の一つですが、それだけで来歴の検証や権利確認まで済むわけではありません。
たとえば、企業のオウンドメディアに工場の生成画像を載せる場面を考えます。読者に必要なのは、AIを使ったという事実に加え、「取材先の実際の工場を撮影した写真ではない」とわかる説明です。一方、編集側には、元データ、使用ツール、加工内容、公開を確認した人を後からたどれる記録が必要になります。
本記事では、2026年10月5日時点の一次資料をもとに、日本とEUの制度を区別しながら、記事や広報素材を公開する担当者の実務を整理します。表記例や記録項目は編集部の提案で、法令が指定した統一書式ではありません。
日本のガイドラインは、何を求めているのか
総務省・経済産業省の「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」は、自主的な取り組みを促す非拘束的なソフトローです。すべてのAI生成物に同じラベルや特定の認証技術を一律に義務づける法律として読むことはできません。1
2026年3月31日公表の同ガイドラインは、第2部Dの広島AIプロセス国際指針で、技術的に可能な場合に、電子透かしなどを使い、AI生成コンテンツを識別できる信頼性のある認証・来歴の仕組みを開発・導入することを掲げています。同時に、各関係者の能力と役割を考慮し、適切な範囲で適用するという前提も示しています。本編26ページの原則⑦だけでなく、その前段まで読むことが大切です。1
記事制作で既存の生成AIサービスを利用する企業と、そのサービスを開発・提供する企業では、できる対策が異なります。編集担当者が基盤モデルに透かしを実装できなくても、サービスの識別機能を確認し、公開素材に付いている情報を維持し、制作記録を残すことは検討できます。
そのため、社内ルールを「必ずAI生成と書く」の一文だけで終わらせず、利用するサービスの機能と、公開する媒体の処理を確認するところまで含めます。国内企業の導入率や「大半は表記だけ」という実態は、ここで参照した資料からは判断できません。
EUでは、提供者と利用者で義務が異なる
EUのAI Act第50条では、生成AIシステムの提供者に求める機械可読のマーキングと、利用者に求める特定コンテンツの開示を区別しています。関連する透明性義務は2026年8月2日から適用されています。2
欧州委員会が2026年6月に公表した「Code of Practice on Transparency of AI-generated Content」は、その対応を支援する任意の行動規範です。規範への参加が任意であることと、AI Act上の義務が任意であることは別です。2
| 立場・コンテンツ | 第50条の主な整理 |
|---|---|
| 合成音声・画像・動画・テキストを生成するAIシステムの提供者 | 出力を機械可読の形式でマークし、人工的な生成・加工を検出できるようにする。技術的実現可能性などを考慮する |
| ディープフェイクに当たる画像・音声・動画を生成・加工するAIの利用者 | 人工的に生成・加工したことを開示する。明らかな芸術・創作・風刺等の作品には、鑑賞を妨げない適切な開示方法に関する規定がある |
| 公益に関する情報を公衆へ知らせる目的でAI生成・加工テキストを公開する利用者 | 原則として生成・加工を開示する。人によるレビューまたは編集上の管理を受け、自然人または法人が編集責任を負う場合には例外がある |
表は第50条2項・4項の要約です。標準的な編集補助などに関する提供者側の例外もあり、「AIで誤字を直した記事」と「実在人物の発言を再現した合成動画」を同じ扱いにはできません。3
日本企業も、所在地だけで適用外とは判断できません。AI Act第2条は、EU市場での提供や、第三国に所在する提供者・利用者のシステム出力がEU域内で使用される場合などを対象に含めています。自社の役割、公開・利用先、コンテンツの性質を特定して適用を確認します。4
ここから編集実務に引き寄せると、最初に決めるべきなのはラベルのデザインではなく、「誰が、何を、どこへ公開するか」です。取引先の納品条件や投稿先の規定も、その組み合わせで確認します。
ラベル・電子透かし・C2PAは、何が違うのか
読者に見えるラベルと、データに付ける識別情報は役割が異なります。来歴をたどれる技術を導入しても、読者に必要な説明が自動的に画面へ表示されるとは限りません。

| 仕組み | 主な用途 | 確認しておく限界 |
|---|---|---|
| 画面上のラベル・キャプション | AIの関与や、実写との違いを読者へ伝える | 記載内容自体が正しいかは別途確認が必要。転載先で説明が落ちることもある |
| 電子透かし | 画像・音声等に識別用の情報を組み込む | 検出方法や加工への耐性は技術によって異なる。見えるロゴだけを指す言葉ではない |
| 通常のメタデータ | 作成ツールなどの付随情報を記録する | 情報があるだけでは改変されていないことの証明にならない |
| C2PAに基づくContent Credentials | 署名付きの来歴情報をコンテンツと結び付け、検証可能にする | 内容の真実性、著作権上の適法性、記録以前のすべての履歴を保証するものではない |
C2PAは「Coalition for Content Provenance and Authenticity」の略で、デジタルコンテンツの出所や編集履歴を検証するための技術仕様を策定しています。公式のExplainerは、Content Credentialsの検証と、内容が真実かどうかの判断を明確に分けています。5
たとえば、署名や結び付きが有効な画像でも、写っている状況の説明が誤っている可能性はあります。逆に、認証情報が見つからない画像を、直ちに偽物やAI生成物と判断することもできません。
公式資料は、メタデータが取り除かれ得ることと、透かしやフィンガープリントなどを使って来歴情報を再発見する仕組みも説明しています。C2PAを「消えない電子透かし」とひとまとめに呼ばず、使用ツールがどの機能に対応しているかを確かめます。5
記事の画像には、どう表記すれば伝わるか
表記は、AIを使った範囲と、読者が取り違えやすい事実を具体的に伝えると役立ちます。「AI使用」という抽象的な一語だけでは、文章の校正なのか、人物や風景の生成なのかがわかりません。
以下は、記事・広報素材向けの表記例です。実際の制作過程と一致する場合に使い、投稿先の指定や適用される義務がある場合は、その条件に合わせます。
| 利用場面 | 表記例 | 公開前に確認すること |
|---|---|---|
| 架空のオフィス画像を挿絵に使う | 「生成AIで作成したイメージ画像です。実際のオフィスを撮影したものではありません」 | 特定企業の実景だと誤認される見出し・配置になっていないか |
| 実写写真の背景を生成AIで変更する | 「背景の一部を生成AIで加工しています」 | どの範囲を変更したか。被写体や出来事の意味まで変えていないか |
| 合成音声で解説を読み上げる | 「音声はAIによる合成音声です」 | 実在の話者が話した録音として受け取られないか。声の利用条件は確認済みか |
| 下書き作成にAIを使い、人が検証・編集する | 「構成・下書きの作成に生成AIを使用し、編集部が出典確認と編集を行いました」 | 実際に確認した項目と担当者が記録されているか |
ラベルの場所も確認します。画像のすぐ下なら伝わる説明が、利用規約ページの末尾にしかなければ、その画像を見る人に届くとは限りません。SNS用の切り抜きやサムネイルでも誤解が生じるなら、その表示面にも説明を用意する、または素材自体を変更する判断が必要です。
とくに取材記事では、本人の発言、現場の記録、説明用のイメージを混ぜないことが先決です。表記を足すだけで、架空の発言や実在しない現場写真を取材の証拠として使えるようになるわけではありません。
来歴管理は、公開するファイルまでつなげる
来歴管理では、元ファイルに記録が付いているかだけでなく、読者に配信されるファイルと説明まで確認します。制作ツール、画像変換、CMS、配信先を通る間に、認証情報やキャプションの扱いが変わる可能性があるためです。
編集部が提案する最小限の記録は、次の5項目です。個人情報や機密を含むプロンプトを、そのまま公開メタデータに入れる必要はありません。内部記録と読者へ開示する情報を分け、閲覧権限も決めます。
- 素材の識別情報:ファイル名、管理番号、元データの保存先、公開版との対応。
- 生成・編集の内容:使用サービス、作成日、AIを使った範囲、人が修正した範囲。
- 確認の根拠:入力素材の利用条件、事実確認に使った資料、権利上の確認事項。
- 公開判断:確認者、確認日、公開先、採用した表記とその理由。
- 配信後の状態:実際の公開URL、表示した説明、認証情報の検証結果、差し替え履歴。
実務では、まず1枚を使って、書き出し前の素材とCMSを通した配信画像を比較すると、確認すべき工程が見えてきます。PC向けの画像だけでなく、スマートフォン向けの軽量画像やSNS向けの再出力にも、必要な説明や情報が保たれるかを確かめます。
検証に失敗した場合は「認証済み」と表示せず、元ファイル、変換工程、検証ツールの対応形式を順に確認します。C2PA非対応の環境でも制作記録と表記は整えられますが、それをC2PA対応済みとは呼びません。
「AI生成」と書いても、権利確認は残る
生成物の表記や来歴情報は、他者の著作物を利用する許諾の代わりにはなりません。制作過程を記録することと、その生成物を社外へ公開できることは分けて判断します。
文化庁「AIと著作権に関するチェックリスト&ガイダンス」(2024年7月31日)は、生成AIに関係する立場ごとのリスク低減策を整理しています。著作権侵害の判断では、既存の著作物との類似性と依拠性などが問題になります。「AI生成」のラベルがあるかだけで判断する仕組みではありません。6
公開前のチェック欄は、「表示」「事実」「権利」「記録」を別々に設けると、確認の抜けを見つけやすくなります。表示を確認した担当者が、権利関係まで確認したと誤解されるのを防ぐためです。出典の照合方法は、AIで調べた情報を一次資料で確認する手順でも扱っています。
最初に取り組むなら、次に公開する記事を1本選び、AIを使った箇所を洗い出します。そのうえで、読者に何を説明し、内部に何を残し、実際の公開画面で何を確認するかを一枚の制作記録にまとめる。表記ルールが、制作から公開まで実行できる手順になります。
出典・参照資料
- 総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」(2026年3月31日)。本編2〜3、26、40〜41ページ。
- European Commission「Code of Practice on Transparency of AI-generated Content」。任意の規範と法的義務の関係、適用日、最終版公表の経緯。
- European Commission, AI Act Service Desk「Article 50」。2項・4項・5項の対象と例外。
- European Commission, AI Act Service Desk「Article 2: Scope」。適用範囲。
- C2PA「C2PA Explainer, version 2.2」。来歴検証の目的、真実性との区別、メタデータと耐久性。
- 文化庁「AIと著作権に関するチェックリスト&ガイダンス」(2024年7月31日)。立場別のリスク低減策、生成物に関する権利確認。
制度・技術資料の確認日:2026年10月5日。


