技術者が書いた原稿に、広報担当者が「もう少しわかりやすく」と赤字を入れる。ところが、言葉を置き換えるほど、何の技術なのか、どこに特徴があるのかがぼやけていく。専門外の人にも読んでほしい企業の記事では、そんな迷いが生まれます。
専門用語を一つずつ日常語に置き換える前に、読者がその言葉を使って何を判断するのかを考えてみます。製品を比較するときに必要な名前なら残す。そのうえで、意味がわかる説明と、仕事の場面が浮かぶ例を近くに置く方法があります。
この記事では、専門用語を残すかどうかの判断から、最初の説明の書き方、専門家への確認までを扱います。以下の書き換え例は説明用に作成したもので、実際の顧客や製品の事例ではありません。
読者は、その言葉をどこで使うのか
同じ製品の記事でも、技術担当者が接続方法を調べる場合と、事業担当者が導入を検討する場合では、知りたいことが違います。読者を「初心者」「上級者」とだけ分けるより、読んだ後にする仕事を一つ決めると、説明する範囲を選びやすくなります。
たとえば、異なるソフトウェアをつなぐ仕組みを紹介する記事を考えます。「開発担当者へ、連携の可否を相談できるようになる」が目的なら、実装の細部よりも、どのデータを渡したいか、何を確認する必要があるかが先に来ます。専門用語も、その相談で使うものを中心に説明します。
英国政府のGOV.UKの執筆ガイドは、専門家向けの内容でも明瞭に書くよう求めています。同時に、必要な専門用語の使用は認め、初めて使うときに意味を説明する方針を示しています。1
これは英国の行政情報についての指針であり、そのまま日本の企業記事の決まりになるわけではありません。ただ、専門用語を使うことと、読み手への説明を省くことは別だと考える手がかりになります。
原稿を読みながら、用語ごとに次の問いを置いてみてください。ここからは、企業記事への応用として本記事が提案する方法です。
| 原稿に出てくる言葉 | 判断するための問い | 編集の選択肢 |
|---|---|---|
| 製品の比較や相談で使う名称 | 読者がこの名前を知る必要があるか | 用語を残し、最初に意味を添える |
| 社内でだけ通じる略語 | 社外の読者も同じ意味で使うか | 正式名称か、具体的な作業に置き換える |
| 「高度化」「最適化」などの表現 | 実際には誰の、何が変わるのか | 行うことや変化を具体的に書く |
名称のほうを覚えてもらう必要があるのか。それとも、仕事の内容さえ伝わればよいのか。ここが分かれ目です。
正式名称を添えるだけでは、意味まで伝わらない
例として「API」を取り上げます。MDN Web Docsは、APIを、ソフトウェアが他のソフトウェアやハードウェアなどとやりとりするための機能や規則の集まりとして説明しています。2
初出で「API(Application Programming Interface)」と書けば、略語の元はわかります。しかし、その英語を知らない読者にとっては、意味の説明がまだありません。正式名称を記す必要がある場合も、何をするためのものかを日本語で補います。
たとえば、先ほどの連携の記事なら、次のように書けます。
APIは、ソフトウェアが別のソフトウェアなどとやりとりするために使う、決められた機能や規則です。この記事では、受注を管理するソフトウェアから会計ソフトへ、データを渡す場面を考えます。
前半は用語の大まかな意味、後半はこの記事で扱う範囲です。APIの用途すべてを一文で説明しようとせず、今回の話に必要なところへ進んでいます。
W3Cの認知アクセシビリティに関する補足ガイダンスも、読者が知らない略語や専門用語を説明し、必要に応じて近くに平易な説明を添える方法を示しています。3 これは認知・学習に困難のある人の理解を支援するための補足資料です。本記事では、用語の近くに説明を置く考え方を参考にしています。
用語集へのリンクも役立ちますが、リンクを開かなければ次の一文を読めない状態は避けたいところです。その段落を理解するための説明は本文に置き、詳しい仕組みは別の記事や公式資料へ案内する、と役割を分けられます。
「何ができるか」の隣に、「どの条件なら」を残す
わかりやすくしようとして、元の原稿にない便利さを足してしまうことがあります。たとえば「APIによる連携に対応しています」を、「どんなソフトとも、自動でつながります」と書き換えた場合です。
後者には、接続先の制限がないこと、接続のための作業が不要に見えることが加わっています。「API」という言葉を説明するだけでは、そうした製品の能力まで裏付けられません。
実際の原稿では、製品資料や技術担当者に、接続できる相手、扱えるデータ、必要な設定や開発を確認します。確認前の条件を推測して埋めないことが大切です。
説明用に、「特定の会計ソフトへ受注データを渡せる」「接続設定は別途必要」という二つの条件が確認できた製品を想定してみます。この場合、本文は次のように具体化できます。
この製品は、APIを使って、対応する会計ソフトへ受注データを渡せます。利用するには接続設定が必要です。対応製品と渡せるデータの項目は、導入前に確認してください。
専門用語は残っていますが、読者が何をできて、何を確かめるべきかは見えます。実際の記事なら、「対応する会計ソフト」の名前や確認先も、公開できる範囲で示します。
- 何のための仕組みか
- この記事では何に使うか
- 具体的には何と何がやりとりするか
- どの製品に対応するか
- どのデータを扱えるか
- 設定や開発がどこまで必要か
説明を短くする場合も、読者の判断が変わる条件は残します。詳しい手順を別ページへ移すことと、条件がある事実を伏せることは同じではありません。
たとえ話を使ったら、実際の仕組みへ戻す
APIを「窓口」にたとえると、他のソフトウェアとのやりとりをイメージする助けにはなります。ただ、窓口という言葉だけでは、どんな依頼も受け付けるのか、何を渡せるのかまではわかりません。
たとえを使うなら、その直後で、元の対象と対応する部分を説明します。「窓口に当たるのは、データを渡したり機能を呼び出したりするための決められたやりとりです」と戻し、さらに今回の受注データの例へつなぎます。
たとえ話が長くなるほど、窓口の担当者、受付時間、申請書といった、元の技術とは関係のない要素まで持ち込みたくなります。その説明を追加する前に、具体的な利用場面を一つ書くだけで伝わらないかを試してください。
図にする場合も同じです。「ソフトA→ソフトB」という矢印だけで済ませず、何をどちらへ渡す図なのかを示します。双方向のやりとりが確認できていないのに、見栄えのために往復の矢印を描くことは避けます。図のほうが本文より強いことを言っていないか、確かめる必要があります。
専門家と読者に、別々の確認を頼む
原稿ができたら、正確さと伝わり方を分けて確かめます。技術担当者には、説明が専門的に正しいかだけでなく、条件を落とした箇所がないかを見てもらいます。
- この言い換えで、元の意味が広がったり狭まったりしていないか
- 実現できることと、設定・開発が必要なことを分けられているか
- 具体例や図が、実際の製品でできないことを示していないか
想定する読者に近い人には、「わかりやすいですか」と感想を聞くより、原稿から読み取った内容を聞いてみます。今回の例なら、「この製品で何と何をつなげられそうですか」「相談前に何を確かめますか」という問いです。相手が説明を言い直せても、条件を見落としているなら、条件の置き場所や表現を見直します。
これは小さく試すための確認方法であり、一人に読んでもらえば全読者への伝わり方がわかるわけではありません。読み手に協力を頼めない場合も、編集担当者が数日置いて読む、別分野の社内担当者に読んでもらうなど、書き手の前提から離れる機会をつくれます。
AIに書き換え候補を出してもらう場合は、残す用語と条件を指定します。そのうえで、元の原稿との差分を見て、機能や効果が増えていないかを人が確認します。AIへの編集指示を整理した記事も、依頼内容を考える参考になります。
最初の一文から、説明の不足を探す
原稿全体の専門用語を数えるより、最初に出てくる一語を選んでみてください。読者にとって必要な名前なのか、何をするものかが近くに書かれているか、具体例に余計な能力が加わっていないか。この三つを照合すると、直す場所が見えてきます。
残す用語には意味を添え、抽象的な表現には具体的な仕事を添える。そして、その仕事が成り立つ条件を残す。専門性を保ちながら読める記事にするために、編集者ができる作業です。
記事の問いそのものが定まらないときは、製品説明を読者の問いに変える企画の方法へ戻ると、どの用語を説明すべきかも選びやすくなります。
参照資料
- GOV.UK:Use clear language — 「Write clearly for specialists too」「Use specialist language if needed」を参照。
- MDN Web Docs:API — APIの定義を参照。
- W3C WAI:Use Clear Words — 「What to Do」「More Details」「Examples」を参照。認知アクセシビリティの補足ガイダンス。
いずれも2026年9月29日確認。書き換え例、比較図、確認の問いは上記資料を踏まえた本記事の提案です。


