マーケティングとは、誰のどんな課題を解き、価値をどう届け、選ばれ続ける状態をどうつくるかを考えて実行する仕事です。広告や営業は、その仕事を構成する手段の一部です。
マーケティングとは何か
日本マーケティング協会は2024年、マーケティングの定義を34年ぶりに改めました。1990年の旧定義も、顧客との相互理解や市場創造を含む総合的な活動を対象としており、販売だけを意味していたわけではありません。新しい定義では、顧客や社会と価値を共につくること、価値を広く浸透させること、関係者との関係を育てることが重視されています。
ここからは定義の逐語訳ではなく、初めて担当する人の仕事へ引き寄せた本記事の整理です。マーケティングを次のように捉えると、担当する仕事を選びやすくなります。
「売上をつくる活動」と説明されることもあります。間違いではありませんが、売上は結果です。売る前に、誰を顧客とするか、何を価値として提供するか、どこで知ってもらうかを決めます。購入後にも、期待に応え、継続や紹介につなげる仕事があります。
現在の米国マーケティング協会(AMA)の定義も、マーケティングを広告部門だけの仕事とは捉えていません。価値ある提供物をつくり、伝え、届け、交換するための活動・制度・プロセスと定義しています。対象も顧客だけではなく、取引先や社会まで含まれます。
この定義が広いのは、マーケティングの役割が歴史の中で変わってきたからです。
マーケティングの歴史をたどる
初期のマーケティング研究では、商品の流通や交換が中心的なテーマでした。その後、顧客ごとの需要、利用体験、継続する関係へと議論が広がります。以下は論点を見渡すための整理で、古い考え方が一斉に消え、新しい考え方へ置き換わったという区分ではありません。
20世紀初頭——流通を研究する
大量生産と広域流通が進み、「作った物を、どう市場へ運ぶか」が経営課題になった。初期のマーケティングは、卸売、小売、価格形成、物流など、商品が生産者から消費者へ移る過程を主に扱った。
1950〜60年代——市場を選び、施策を組む
供給が増え、同じ市場で競う商品が多くなると、市場ごとの需要や顧客の選択を捉える必要が高まった。市場細分化、マーケティング・ミックス、4Pが登場し、誰に何をどう届けるかを一体で設計する考え方が整った。
1970〜90年代——顧客と関係を見る
サービス産業と競争が拡大し、一回の取引だけでなく、顧客満足、継続、ブランド、リレーションシップが重視された。マーケティングは販促部門の仕事から、組織横断の顧客理解へ広がった。
2000年代——価値は一緒につくられる
商品に価値が内蔵され、企業が一方的に渡すという見方が問い直された。利用や対話の中で顧客と価値が生まれるという考え方が強まり、コミュニティや顧客参加も対象になった。
2020年代——社会との関係まで含める
デジタル接点、サブスクリプション、プラットフォームが広がり、取引後も関係が続くようになった。日本マーケティング協会の2024年定義も、顧客や社会との価値共創と、持続可能な関係を中心に置く。
1950年代の転換を象徴するのが、マーケティング・ミックスです。AMAの沿革によると、ハーバード大学のNeil Bordenは1953年のAMA会長講演で、需要へ影響する複数の手段を組み合わせる考え方を示しました。商品計画、価格、ブランド、流通、広告、販売員などを、料理人が材料を配合するように調整する発想です。
1960年、E. Jerome McCarthyはこの複雑な組み合わせをProduct、Price、Place、Promotionの4Pに整理しました。Philip Kotler自身も、AMAに寄せた回顧で、McCarthyが4Pを提案し、自分が普及に貢献したと説明しています。つまり、4Pはマーケティングの定義ではなく、企業が調整できる手段を管理するための道具でした。
2004年には、Stephen VargoとRobert Luschが、後にサービス・ドミナント・ロジックと呼ばれる議論の基礎となる論文を発表しました。企業が完成した価値を顧客へ渡すのではなく、企業は価値の提案を行い、価値は顧客が利用する過程で生まれるという見方です。ソフトウェアでいえば、契約や納品だけで価値が確定するのではありません。現場で使われ、業務が変わって初めて価値になります。
歴史を通して変わっていない点もあります。マーケティングは、交換が成立する条件を整える仕事です。ただし、かつては商品の流通が中心だった条件が、現在は顧客理解、利用体験、関係性、社会への影響まで広がっています。
広告や営業との違い
マーケティング、営業、広告、ブランディングは、別々の部署名として使われるため混同されがちです。一つの会社でも役割は重なり、分担は異なります。ここでは、同じ顧客に向き合う仕事を、主に何を決めるかで整理します。
| 仕事 | 主に考えること | 他の仕事へ返す情報 |
|---|---|---|
| マーケティング | 対象顧客、提供価値、商品・価格・届け方、利用後の改善 | どの顧客と状況を優先するか、確かめたい仮説 |
| 営業 | 個別顧客の要件、導入条件、提案、契約や利用に向けた調整 | 実際の困りごと、選定・失注理由、運用上の課題 |
| 広告 | 目的に合う相手・媒体・表現を選び、有料で情報を届ける | どの相手が何に反応したか。クリックだけで購入意思と判断しない |
| ブランディング | 期待してほしい価値と、体験・言葉・デザインの一貫性 | 期待と実際の体験のずれ、説明や提供内容を直す材料 |
営業にも購入後の支援や継続への関与があり、広告やブランディングにも長期の役割があります。部署を「短期だけ」「売るだけ」と分ける表ではありません。
マーケティングは、それらを目的に沿って組み合わせます。営業が聞いた顧客の悩みは商品改善や記事企画に戻し、広告で得た反応は対象顧客の見直しに使います。詳しい違いはブランディングとは何かでも整理しています。
価値を届ける5つの仕事
マーケティングの業務は、施策名から覚えると全体を見失います。「SNS」「SEO」「展示会」は、いずれも手段です。先に仕事の流れを押さえると、各手段を使う理由が見えるようになります。以下の5つは、定義を実務へ引き寄せた編集部の整理です。
市場と顧客を理解する
どんな企業や人が、どの状況で困っているかを調べる。顧客への取材、営業記録、検索データなどを使う。
提供する価値を決める
誰のどんな課題を、他の選択肢よりどう解決するかを定める。機能だけでなく、導入後の変化まで言葉にする。
商品と届け方を整える
商品・サービス、価格、販売方法、サポートを、選んだ顧客に合う形へ整える。
価値を伝える
広告、営業、Webサイト、記事、イベントなどを通じて、必要な相手に判断材料を届ける。
結果を学び直す
売上だけでなく、選ばれた理由、失注理由、継続状況を確認し、顧客理解と提供価値を更新する。
大切なのは、この流れが一度で終わらないことです。顧客の課題も、競合の動きも変わります。仮説を立て、届け、反応から学び直す循環そのものがマーケティングです。
3C・STP・4Pの位置
マーケティングを学ぶと、3C、STP、4Pといった用語が出てきます。それぞれが異なる問いを整理する道具です。ここでは、状況の理解、対象の選択、提供条件の設計という役割で位置づけます。実際には、調べた結果に応じて行き来します。
3C——状況を理解する
Customer(顧客・市場)、Competitor(競合)、Company(自社)を見ます。顧客だけ、自社だけに偏らず、選ばれる余地を探すための整理です。
STP——誰に何で選ばれるか
市場を分け、狙う顧客を選び、自社の立ち位置を定めます。「全員に良い商品」という曖昧さをなくします。
4P——価値の届け方を整える
Product(商品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(伝達)を一体で設計します。広告だけを変えても解けない課題を見つけます。
検証——実際の反応から学ぶ
問い合わせ、商談、受注、継続の結果を確認します。フレームワークで作った仮説を、顧客の行動で確かめる段階です。
フレームワークを埋めることが目的ではありません。会議の参加者が同じ順番で考え、見落としを発見するために使います。きれいな資料ができても、顧客の発言や行動で確かめられていなければ仮説のままです。
3C・STP・4Pを、一組の公式手順と考えない
これらの言葉は一人の研究者が一度に作った「公式手順」ではありません。異なる時代の問題を整理した考え方が、実務教育の中で一つの流れとして使われるようになったものです。
市場細分化を扱う研究として、Wendell R. Smithの「Product Differentiation and Market Segmentation as Alternative Marketing Strategies」が1956年に発表されています。4Pは、前述したMcCarthyによる1960年の整理です。ここでは個々の理論の成立史を一つにまとめず、仕事で確かめる問いへ結び付けます。
STPは、この市場細分化を実務の順序にしたものです。Segmentationで違いを発見し、Targetingで資源を集中する相手を選び、Positioningでその相手の選択肢の中に自社の意味をつくります。データを細かく分けることが目的ではありません。誰を選び、誰を選ばないかを決めるためのプロセスです。
3Cは顧客、競合、自社の関係から機会を見るための分析枠、4Pは選んだ市場へ提供する条件をそろえる実行枠です。したがって、3C、STP、4Pを順番に埋めても戦略になるとは限りません。顧客への取材や購買データがなければ、整った仮説ができるだけです。
BtoB企業の具体例
製造業向けの業務システムを扱う、架空の会社の例で考えます。以下のメモも説明用に作ったもので、実際の顧客・製品・baluboの実績ではありません。
- 相談のメモ: 生産管理の担当者が、月末に複数部門の提出状況を確認している。困っているのは集計全体なのか、未提出の確認なのかを、まだ切り分けられていない。
- 製品資料: 入力した提出状況を一覧にできる。既存システムからの自動取り込みに対応するかは、資料から確認できない。
- 営業のメモ: 現在は表計算ソフトを使っている。利用料、初期設定費、連携調査の必要性や費用は、案件条件を確認してから提示する。
この段階では、「導入すれば集計時間を短縮できる」とは書けません。次のように、決める案と、確かめることを一組にするところから始めます。
| 考える仕事 | この例で置く仮説・判断案 | 決める前に確かめること |
|---|---|---|
| 顧客を理解する(3C) | 月末の提出状況を確認する担当者に、困る場面を聞く | どの作業で止まるか。担当者と承認者は誰か |
| 代替案と自社を見る(3C) | 表計算の運用改善と、新ツールの導入を比較する | 運用変更だけで解けるか。自社が実際に対応できる範囲は何か |
| 対象を絞る(STP) | 提出状況の確認に困り、データ入力の運用を相談できる企業を最初の対象候補にする | 自動連携が必須の企業にも対応できるか。対象外にする条件は何か |
| 提供条件を整える(4P) | 一覧化できる範囲を示し、費用項目を分ける。Webの説明と個別相談を組み合わせる | 商品の対応範囲、利用料・設定費等、相談から導入までの進め方を合意できるか |
| 価値を伝える | 入力から提出状況の確認までを、画面例と手順で説明する | 未確認の自動連携や、測っていない時間短縮を足していないか |
| 使われた後を確かめる | 未提出の確認に使えたか、担当者の作業がどう変わったかを見る | 対象業務・集計期間・作業範囲をそろえて比べられるか。他の変更もあったか |
4Pのうち、商品は一覧化する機能と対応範囲、価格は利用料と必要な作業の費用、届け方は個別相談を含む販売・提供の経路、伝達は画面例や手順の案内に当たります。表に書いたことも、顧客や社内で確認する前は仮説です。記事制作は、その中の判断材料を届ける仕事を担います。
顧客像を具体化する方法はペルソナの作り方、自社側の根拠を整理する方法は会社の強みの見つけ方で扱っています。BtoBの購買に関わる人や営業への引継ぎは、連載第2回のBtoBマーケティングとはへ進んでください。
最初に考える3つの問い
新任担当者が最初からすべての施策を設計する必要はありません。自社の状況を、次の3問で確認します。
誰の、どんな状況を変えるのか
業界や役職だけで終わらせず、何が起きたときに困り、どんな判断を迫られる人なのかを言葉にします。
なぜ自社が選ばれるのか
機能一覧ではなく、他の選択肢と比べたときの違いと、その違いを裏づける証拠を確認します。
次に何を知れば判断できるのか
認知した人、比較している人、社内稟議を進める人では必要な情報が違います。次の判断に不足している情報を探します。
答えが出ない項目は、思いつきで埋めず、確認が必要な論点として残します。社内の知見が共有されていないのか、判断する材料そのものが足りないのかを確かめます。営業へのヒアリング、既存顧客への取材、問い合わせ内容の棚卸しから始めます。
成果をどう測るか
マーケティングの成果を売上だけで測ると、何を改善すべきか分かりません。売上は商品力、価格、営業活動、既存顧客、景気などの結果が合流する遅行指標だからです。一方、広告表示や記事PVだけを追うと、事業との距離が見えません。
市場理解
顧客取材数、失注理由の把握率、購買関与者の整理、重要な未解決課題など。仮説の根拠が増えたかを見る。
価値の伝達
非指名検索、想起、記事からの回遊、資料利用、営業で説明しやすくなったかなど。価値が理解されたかを見る。
検討の前進
対象企業からの問い合わせ、商談化率、検討期間、提案通過、関与部門の合意など。判断が進んだかを見る。
事業との接続
受注率、平均単価、継続率、利用拡大、紹介、顧客獲得コストなど。長期的に交換が続いているかを見る。
指標は仮説と結びつけます。「比較記事がないため、担当者が社内説明できず商談が止まる」という仮説なら、PVよりも記事の営業送付、比較後の質問、提案通過を見ます。数字が動かなかった場合も、施策の失敗と即断せず、対象、価値、伝え方、導線のどこが外れていたかを分けて確認します。
指標の定義、分母、確認する時期を決める具体的な方法は、オウンドメディアのKPI設計で整理しています。売上やPVの数字を増やす目標と、何を学ぶための観測かを分けて考えます。
発信へつなげる
マーケティングの全体像を確認したら、次は価値をどう情報として届けるかを考えます。コンテンツマーケティングとはでは、記事、動画、事例などを購買プロセスに沿って配置する方法を解説します。
社内だけで整理しにくいときは、商品名やコピーを決める前の対話が役立ちます。baluboは、顧客・競合・自社の情報を取材で掘り起こし、コンセプトから発信までをつなげます。
まとめ
マーケティングは、完成した商品を広告で売る仕事から始まった概念ではありません。市場が広がり、供給が増え、顧客の選択肢と発言力が大きくなる中で、流通、商品、価格、顧客理解、関係性、価値共創へと扱う範囲を広げてきました。
営業、広告、SEO、SNSは重要ですが、いずれも手段です。その前に、誰のどんな状況を変えるのか、なぜ自社が選ばれるのか、相手が次に何を知れば判断できるのかを決めます。3C、STP、4Pは、その問いを分担して考えるための道具です。
最初の一歩は、新しい施策を増やすことではありません。最近の受注と失注を一件ずつ選び、「相手は何と比べ、何を価値だと判断したか」を営業と確認してください。そこに、自社のマーケティングを設計する事実があります。
よくある質問
マーケティングを一言で表すと何ですか
顧客と交換が成立し、その関係が続く条件をつくることです。現在は、顧客を理解し、価値を提案し、商品・価格・流通・伝達を整え、利用後の関係から学ぶところまで含みます。
マーケティングと営業はどちらが先ですか
組織上は前後に分かれていても、顧客から見れば一つの過程です。マーケティングが市場と価値の仮説をつくり、営業が個別の対話で確かめ、その学びを商品や発信へ戻します。どちらか一方が常に先という関係ではありません。
4Pだけ考えれば十分ですか
十分ではありません。4Pは企業側が調整する実行手段の整理です。誰のどんな需要を選ぶかが曖昧なまま4Pを決めると、商品、価格、販路、発信が別々の方向へ進みます。顧客・競合・自社の理解と、対象市場の選択を先に行います。
マーケティングは広告費のない中小企業にも必要ですか
必要です。広告を出さなくても、顧客の選択、提供価値、価格、営業方法、紹介、継続は設計できます。資源が少ない会社ほど、全員へ届けるのではなく、強みが効く顧客と状況を選ぶ意味があります。
マーケティング部門がない会社では誰が担いますか
経営、営業、商品開発、カスタマーサクセス、広報が分担して担っています。重要なのは部署名ではなく、顧客情報を集め、価値と施策を決め、結果を学び直す責任者と場があることです。
主な参考資料
- 日本マーケティング協会「マーケティングの定義(2024年制定)」
- American Marketing Association「What Is Marketing?」
- American Marketing Association「About AMA」
- Philip Kotler「A Lifetime in Marketing」
- Wendell R. Smith「Product Differentiation and Market Segmentation as Alternative Marketing Strategies」
- Stephen L. Vargo, Robert F. Lusch「Evolving to a New Dominant Logic for Marketing」
※ 歴史上の区分は、学説や実務が一斉に切り替わった年代を示すものではありません。各時代に強まった主要な論点を、初学者向けに整理しています。
参照資料の確認日:2026年10月15日。5つの仕事、役割比較、架空の案件メモと判断表は編集部の整理です。Smith論文は出版社の発表情報を確認した範囲で参照し、原著本文の詳細な論旨の説明には用いていません。

